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■1 切なさあるいは涙について[http://tomo.sslan.com/diary/?20030606#200306062] このエントリーをはてなブックマークに追加

どうして切なさを感じたのでしょうね。
切ない気持ちっていうのは身を切られるような気持ち。 やるせない *1 気持を外から見ると切なくなるのでしょうか。

多分、 積み立て崩す[http://tomo.sslan.com/diary/?20030527#200305272] や、 とっても悲しい夢[http://tomo.sslan.com/diary/?20030528#200305281] あたりに影響を受けているのでしょう。

ちなみに:

私も人間関係にものすごく悩んだ時代がありました。今でも他の人と関わりを持つのは、楽しいのですがとても神経を使います。それでも随分ひとあたり丸くなったと思います。
人と出会って関係を築くのは人生の大きな部分を占めていますから、ここで苦労をするのは当然なんです。
人付き合いに気を使わず苦労をせずに過ごしていける人は、幸せかも知れませんけれど、気を使って苦労した人は、その分だけ成長する仕組みになっているだろうと思います。

仕事の関係等で、嫌な人と関わりを持たないといけない状況と言うのは、普通に社会生活をしていれば必ずあります。どのように対処したら良いか、自分なりに随分考えました。
その人との嫌な人間関係から脱するには:

  • 付き合い方を変える(究極的にはやめる)
  • 相手を変える
  • 自分を変える

しかありません。
これは私がたどり着いた結論であって、他に悩んでる人は自分なりに違う結論を見出すかも知れません。結局のところ自分で考えて到達した結論でないと、自分が納得することもできないと思いますが、それでも同じような悩みについて考えるヒントにはなるかも知れません。

「付き合い方を変える」のは状況が可能であれば、悪い戦略ではありません。嫌な友だちと付き合う必要はないんです。
だけれども、嫌なのにそれを言い出せないでなんとなく付き合ってて、その度に一方的に不満がたまるという関係はあるように思います。
会社の人間関係がイヤでイヤでたまらない。別に向き合わなくても良いわけですし、辞めてしまうのも一つの選択ですね。会社を辞めたらそれはそれで別の苦労と向き合わなければならないことも多いと思いますが、その人と付き合うほうが辛いということもありえます。

  • 自分が絶対正しいのにアイツが折れないからいけない
  • アイツが間違っているせい、オレがこんな目に遇う

という状況を解決するのだから、相手が変わるべきだと思う場面は多いと思います。 私もそうでした。
ところが、相手を変えるというのはものすごく労力が掛かるのです。 まず、自分が嫌いだという理由を論理だてて説明する必要があります。「好き」という気持ちに比べると「嫌い」という気持ちは、嫌いな理由を挙げやすいのですが、その点を改善すれば本当に嫌いではなくなるのかというとそうではなかったりして、実は「嫌いだから嫌い」のトートロジーに陥ってることがままあります。 人間同士の「相性」の問題ですから、論理で説明するのが難しいのは当然なのです。
もし論理で説明できるとしたら、そのポイントは誰にとっても不快なことなのかも知れません。 そうだとしたら相手にとってもその指摘は有益なことである可能性があります。 だけれども、「あなたはここがいけないと思うから直すべき」という主張は大体において反発を受けます。自我の否定に繋がるからです。
それを乗り越えてなお、「そのポイントによってあなたは損をしている」「こういう風に変えることはできないだろうか」「その変化によって私を含む他の人とより良い関係を築くことができる」という説得あるいは教育をするためには、相互に信頼関係の構築が必要です。
結局のところ「相手を変える」というのは教育ですから、「親子」「兄弟姉妹」「先生と生徒」「上司と部下」等の上下がある関係で、上に立つ側が相手のことを思いやった上で、指導するという関係以外では実現が難しいだろうと思います *2

最後に残した「自分が変る」という選択は案外有効なことに気づきました。 「誰もが相手を嫌っているわけではない筈だ」ということは当たり前なのですけれども、このことに気づいたときは目からうろこが落ちた気がしました。

好き嫌いの問題では、客観的に見ると絶対的に悪い相手と絶対的に正しい自分が対立している構図であることは稀だということに注目します。相手も何らかの人間関係を持っていて、そこでも自分から見た場合と同じように誰からも嫌われているということは考えられない筈です。
これは、その人たちと同様に、自分も嫌わない関係を構築することが可能だということを示唆しています。

「相手が悪いのに自分が変ることはない」という自我も邪魔をします。自分が悪くないのに自分に被害を与えている相手を懲らしめてやりたいという気持ちが必ず存在するものです。
ただ、自我が自分のものである以上、自分の意志でコントロールすることは可能な筈です。憎みあったり感情の損得勘定をしたりすることは不毛で自分も傷つくのですから、自分が変るというのも悪い選択ではないと思います。

結局:

「やるせない気持ち」を何とかしてあげたいのだけれどもできなくて「切ない気持ち」だったみたいです。
*1: 【遣る瀬ない】苦しみ・悲しみを晴らす方法がなくてつらい。
*2: もう少し広く考えて、クラスメートの多数が一部の子に対してという様な状況もあり得るかも知れません。

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